名古屋地方裁判所豊橋支部 昭和54年(ワ)163号 判決 1980年8月04日
主文
1 原告らの各請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は請求の趣旨として
「一 被告豊橋市南部農業協同組合は、原告高崎明に対し金三七五〇万円とこれに対する昭和五三年四月四日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一 被告鳳来町農業協同組合は、原告宇野良和に対し金三〇万円とこれに対する昭和五三年四月四日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
一 訴訟費用は被告らの負担とする。」
との判決と仮執行の宣言を求め、請求の原因として
一 養老生命共済契約について
1 訴外村田郁子は、左記の三〇年満期養老生命共済契約における「災害給付特約共済金」(以下災害給付という)「災害死亡割増特約共済金」(以下割増特約金という)の各受取人であり、原告高崎明は右受取人における各共済金の支払請求権を昭和五四年一月二六日譲り受け、右訴外人は同月二七日到達の内容証明郵便にて左記農協にこの旨通知したものである。
共済者 被告豊橋市南部農業協同組合(以下被告南部農協という)
被共済者 高崎敏朗
契約三件
(1) 共済期間の始期日 四七・一二・六
災害給付 五〇万円
割増特約金 二〇〇万円
(2) 右同日 四八・八・二〇
災害給付 一〇〇万円
割増特約金 四〇〇万円
(3) 右同日 五三・三・二五
災害給付 六〇〇万円
割増特約金 二四〇〇万円
2 原告宇野良和は、右号と同種共済契約を被告鳳来町農業協同組合(以下被告鳳来農協という)と締結している災害給付特約共済金の受取人である。
この契約は左記のとおりである。
共済者 鳳来農協
被共済者 高崎敏朗
共済期間の始期日 三六・二・一
災害給付 三〇万円
3 右各契約における災害給付及び割増特約金とは、被共済者が交通事故等の災害ないし法定伝染病により死亡等したときに満期共済金・死亡共済金に付加して受取人に給付される共済金であり、左記事由が共済者の免責事由になつている。
(1) 被共済者の故意または重大な過失により生じた災害の場合
(2) 被共済者の泥酔または精神障害の状態を原因として生じた災害の場合
二 災害の発生
前項の共済契約における被共済者高崎敏朗(以下亡敏朗という)は、左記災害(交通事故)により昭和五三年四月三日死亡した。
とき 昭和五三年四月三日午後一一時頃
ところ 豊橋市老津町字池上二九番地道路上
態様 道路右側に駐車中の訴外平河幸由所有の普通貨物車(四・八トンレツカー車)の左側後部クレーン用側方アーム角部に亡敏朗運転の普通乗用車運転席部分が衝突したもの
結果 亡敏朗は、頭部及び顔面右側を激打され脳挫創により同日午後一一時五五分死亡した。
三 共済金支払の拒否
亡敏朗の右事故発生により前記災害給付・割増特約金の各支払請求権を原告らが取得したところ、昭和五三年五月上旬被告ら農協は、「重大な過失」が右事故にあるものとして免責事由の適用を主張して支払を拒否した。
よつて本訴請求におよぶ
と述べ、被告主張事実に対し、
四1 共済契約保険契約における免責事由としての「重大な過失」という概念は共済契約保険契約の性質目的にてらして、目的論的に解釈限定されなければならない。
2 特に同契約の契約者(加入者)は自己のおちいるであろう危険にそなえて対価を支払つて加入契約をするのであるが、その際、自己のありふれた過失により危険の発生する場合につき最も関心を持つて、かゝる場合の危険の補償されることを共済契約保険契約に求めるものである。
3 それゆえ事故に対しては原則として保険給付がなされるべきであり、保険給付のなされることに明かに反信義性、反公序良俗性が認められる場合換言すれば保険金給付が射倖性を助長し積極的な利益獲得行為を容認する結果になる場合に限り、給付が拒絶せらるべきである。商法六四一条の「悪意若しくは重大な過失」ある場合の免責規定も本件共済契約における「故意または重大な過失」ある場合の免責約款も右の趣旨にもとづくものである。
4 よつて本件共済契約免責事由の「重大な過失」とは射倖性を助長し公序良俗に反するような極端に社会的に悪質な場合―すなわち故意と同視できる程の落度ある場合を示すものと解釈すべきである。
五1 亡敏朗の事故後の血中アルコール濃度は一ミリリツトル当り〇・九八ミリグラムであつたが、これは「微酔」の段階であり、正常な運転能力に支障を当然に来すものとは一般論としてもいえず、具体的な外部徴表のでていない限り具体的判断がなし得ないといわれている。
2 ところで亡敏朗は日頃から酒量のある方であり、当夜妻の実家を辞するときも狭い庭から車を出すなど何ら酩酊の外部的徴表は出ていない。それゆえ亡敏朗の飲酒が同人の運転能力に障碍を来し、本件事故の発生に影響したとはいゝ難いものである。
六1 被告は亡敏朗が時速一〇〇キロメートルに近い速度で走行したとか、現場のカーブ状況に相応しない高速度で走行したとか主張するが、右主張はいずれも根拠がない。
2 実況見分調書に記載された二七メートルのタイヤ痕のすべてがスリツプ痕ではなく、その中にはカーブ痕も含まれているから、右タイヤ痕の長さから直ちに速度を算出するのは誤まりである。
3 又、事故現場の道路は田園地帯の中にあり未舗装道路が交叉しているから、都市の道路に比べ泥砂が多く滑走し易い状態にある。よつて右の状態を考慮するならば、スリツプ長二七メートルでも時速七五キロメートルには達しないものである。
4 亡敏朗の車は駐車車両の左後部端にあたつたのに、駐車車両が右に振廻されることなく真直に移動したのは亡敏朗の車の衝突のエネルギーが大きくなかつた、高速による衝突でなかつた証拠である。
5 亡敏朗の車の衝突部位は運転席屋根上と運転席ドア辺りで最も弱い部分であるため変形したもので、敏朗の車が高速下で衝突した証拠にはならない。
六1 本件事故の原因は左のとおりであり、亡敏朗に重大な過失はない。本件事故現場は市街地を遠くはなれた農村地帯で人家も点在するに過ぎず、夜間は人車の通行も稀で街灯もなく暗い道である。本件道路は幅五・八メートルの舗装道路だが車線の表示はなく、東西に大きく屈曲している。
本件事故当時このカーブの屈曲点から約二七メートルの地点の右側路肩に後記のような異形のクレーン車が後部を西側に向け右側駐車しており、而も道交法上要求せられる尾灯の点灯や警戒旗の掲示をしていなかつたもので、このことが本件事故の第一原因と思料せられる。
右クレーン車は後部両側に長さ約七〇センチ、幅約二五センチ、高さ約一・三メートルのクレーン用側方アームをつけていた。
2 亡敏朗の本件事故時の運転経過は実況見分調書の記載にてらし左のとおりと推認されるものである。
亡敏朗が本件カーブの手前にさしかゝつた際、前照灯の光芒内に本件クレーン車の後部上辺を認めたので、同車が法規にしたがい左側駐車していると判断し、クレーン車の右側を通過すべく道路右寄りにてカーブを曲つたところ、意外にもクレーン車が右側駐車していることを約三〇メートル手前で発見し、急遽ブレーキをかけ、ハンドルを左旋回し回避しようとしたが、クレーン車の側板に自車運軽席上部を引つかけたものである。
3 本件において亡敏朗に若干の前方不注視等の過失のあつたことは否定しないが、前記のように交通量の稀な農村地域の深夜で誰もが気を弛ませがちなこと、カーブ向うの進路前面に異形のレツカー車が突然現われたこと、亡敏朗も回避に努めたが僅かに避け切れなかつたこと、などを考え合せると、同人に重大な過失ありとはなし難いものである。
と各反駁した。〔証拠関係略〕
被告ら訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として請求原因事実中一の点、二の点(但し駐車中の車は正確にいうと重量七・八トンの普通特殊自家用クレーン車である。)、本件事故現場が田畑地帯で街路灯がないこと、道路が左へ大きくカーブしていること、クレーン車が右側路肩に無灯で右側駐車していたこと、右クレーン車は後部に側方アームがついていること、三の点は認めるが、その他の点はすべてこれを争う、
一1 被告ら組合の養老生命共済約款によると、「災害給付特約」第六条(ア)および「災害死亡割増特約」第六条(ア)に、「被共済者の死亡につき重大な過失により生じた災害に因るときは被告は災害給付特約共済金および災害死亡割増特約共済金の支払を免責される。」と規定されている。
2 右各特約にいう免責事由としての被共済者の「重過失」とは、一般人に要求される注意義務を著しく欠いた状態をいうが、それを故意と同視できる程度の過失に限定して解釈すべき必要性はない。
元々故意と重過失とは質的に異なるものであり連続した概念ではない。それゆえ、不法行為法においても、重過失を故意に近いものと解する考え方に対しては、最近反省がなされているものである。
3 共済契約においてこのような免責事由を定める根拠として、偶然性の欠如とか、当事者に要求される信義誠実の原則ないしは公序良俗の問題とかがあげられるが、要はその著しい注意欠如の状態が、社会通念上、免責を是認せしめるものであれば足りるのである。
災害特約の免責事由として「飲酒運転中の事故」をかゝげる約款があるが、このことは酒気を帯びて運転する行為が偶然性の欠如あるいは信義則違反にあたることを示しているものといえる。
二1イ 本件事故の状況として左の諸事実が認められる。
亡敏朗は本件事故当時二八歳で被告豊橋市南部農業協同組合の職員であつたが、本件事故当日、豊橋市野依町字西屋敷の妻郁子の実家で午後六時頃から同八時半ないし九時頃までの間、四人でほゞ二升ぐらいの日本酒をのんだこと、その中で敏朗が一番若かつたこと、同夜一〇時頃、敏朗は突然帰宅するといい、ひとりで乗用車を運転して妻の実家を出たが、三〇分程遅れて出発した妻が自宅(渥美郡田原町所在)に戻つたときには亡敏朗は自宅にいなかつた。而して亡敏朗は同夜午後一一時過ぎ頃、原告主張の路上を妻の実家のある豊橋市野依方面へ向け東進中、本件事故にあつた。事故後の検知結果によると亡敏朗は血液一ミリリツトル中〇・九八ミリグラムのアルコールを保有していた。
ロ おもうに亡敏朗の血中アルコール濃度は一ミリリツトル当り〇・九八ミリグラムであるが、血液中のアルコール濃度が〇・〇五%のときの反応時間は正常時の二倍になり、〇・一%になると四倍になることが知られており、右の状態では運転者として危険であるといわれている。
さらに前記のように亡敏朗が卒然として妻の実家を辞し、又、妻と連絡をとることなく再び妻の実家に向つた奇異な行動にてらしても、飲酒による影響下にあつたことは明かである。
2イ 又、事故現場の状況は左のとおりであつた。
事故現場は幅員六・六メートルのアスフアルト舗装の平坦な道路で野依方向に向かいカーブしているが、附近は水田のため見通しは極めてよいこと、亡敏朗は生前中毎日通勤のため本件現場を通行していたこと、クレーン車は日野普通貨物クレーン車(自重七・五トン)でカーブの曲り角から約三〇メートル東の道路右側端に制動した状態で駐車していたがその左側に約四メートルの走行する余地があつたこと、クレーン車の後部には反射鏡があり車体は黄と黒の縞模様であつたこと、カーブの曲り角附近の右側端には数メートルにわたつてタイヤのきしみ痕があつたこと、スリツプ痕の最長は二七メートルであること、駐車車両は衝突により一・二メートル前方に押出されたこと、亡敏朗の乗用車は駐車車両の左後部支柱に衝突し、このため乗用車の右側面の前部フエンダー、ドア、後部フエンダー部分の曲損、屋根の三分の一の曲損、特に運転席ドアがくの字に曲損し大破であつた。
ロ 事故現場に残された亡敏朗の車のタイヤ痕は明かにスリツプ痕であり、その長さは二七メートル(アスフアルト舗装道路、乾燥)であるから、右スリツプ痕の長さから亡敏朗の車は時速七五キロメートルと推定される。而も右の数字は制動のみにより停止した場合の計算であるところ、前記のように亡敏朗の車は衝突後、重量七・五トンの制動駐車車両を一・二メートル前方に押出し自からは大破しているのだから明かに七五キロメートル以上の速度であり、時速一〇〇キロに近いと考えられる。
3イ 本件事故は原告の主張するような、一般に起り易い事故ではない。本件事故は相互に運転中の車両が一瞬の不注意により衝突した事故とは異なり、駐車中のクレーン車に衝突したもので、亡敏朗の飲酒運転、無謀な高速運転という故意による継続的な違法行為により起つたものであり、自動車運転者としての基本的な注意義務さえ守れば極めて容易に事故の発生を回避し得たものである。
ロ 本件においてクレーン車の右側駐車が介在しているが、右側駐車であるために道路の位置を誤認せしめたとは考え難くむしろ後部反射鏡により駐車車両の発見が容易になつたとも考えられる。
ハ このようにクレーン車の右側駐車は通常の走行車に対しては誤認の危険や走行障害を与えるものでなく、亡敏朗の前記重過失が事故の原因であることにかわりはない。
4 なお重大な過失にあたるか否かの具体的判断に際しては、被共済者と同じ職業地位に属する一般普通人の持つべき注意義務を前提として、被共済者がこれを著しく欠いたかを検討すべきであろう。
被共済者亡敏朗は、事故当時被告南部農協の職員であつたが、被告は自動車共済事業を行なつている立場から、運転免許証を所持する職員に対し警察官による交通安全講習会を開催するなど交通法規の遵守につき注意を与えてきた。
このような立場にある亡敏朗の前記の如き運転行為が重大過失に該当することは議論の余地がない。
よつて被告は免責されるべきである。
と述べた。〔証拠関係略〕
立証として乙第一、第二号証を提出し、甲第一号証の成立を認め、甲第二号証が本件主張に関する写真であることを認めた。
理由
一 請求原因一の事実および二の1の事実、すなわち各原告らが原告らの主張する共済契約における災害給付および割増特約金の受取人又は支払請求権譲渡人であること、被共済者高崎敏朗が原告の主張する災害(交通事故)により死亡したことは当事者間に争いのないところである。
二1 被告らは本件につき免責事由の適用があると主張するので以下逐次判断を加えることにする。
本件各養老生命共済契約において、被共済者の故意または重大な過失により生じた災害の場合は共済者が災害給付、割増特約金の支払いの責を免れる定めになつていることは当事者間に争いがない。
2 右免責事由における「重大な過失」の定義につき当事者間に争いがあるので、以下右の免責事由の趣旨につき若干検討することにする。
先ず本件契約は養老生命共済契約であつて、保険契約からは一応区別されなければならないが、いわゆる保険計算にもとづいて多数の加入者から掛金を徴収する一方、一定期間内に所定の事故の発生又は不発生が確定したときに一定額の給付金の支払いをする点では両者共通しているので、両者を一括又は対比して考察することは有益であると思われる。
3 ところで損害保険契約に関しては商法六四一条が存し「保険契約者若クハ被保険者の悪意若クハ重大ナル過失ニ因リテ生シタル損害ハ保険者之ヲ填補スル責ニ任セス」と定めているが、その趣旨とするところは、このような被保険者の悪意若くは重大な過失による事故についても危険率の測定をすることが必ずしも不可能ではないけれども、このような悪質な事故をも含めて算定するときには必然、危険率が高くなり、善良な一般加入者の負担すべき保険料も高率となるところから、予定された危険団体からの排除をはかつたこと、換言すれば損害抑止義務に反し自から招いたともいゝ得る事故につき保険給付を請求することは保険団体に対する信義に反すること、又、このような悪質事故に対し保険給付をなすことは、事故発生抑止の念をおろそかならしめ、事故の増加にもつながる等公序良俗に反すること、等にあるものと思われる。
4 したがつて具体的な場合に同条にいう「重大な過失」に該当するか否かを考えるにあたつては、被保険者と同種の職業地位にある者に課せられる注意義務の程度、当該人が右注意義務を怠つた程度、これに対し向けられるべき社会的非難の程度、等を考え合せて、同事故に対し保険給付をなすことが保険団体に対する信義に反し、公序良俗に反するか否かにてらし決すべきものであり、故意に近似する注意欠如の状態である必要は必ずしもないものである。
5 保険契約は有償契約であるし、保険契約者は今日の複雑な生活環境のもとで、自己の不注意が保険によつてカバーされることを期待して加入するものであり、保険の社会的、経済的機能の一端がその点に存することはいうまでもないから量的に多数の事例において保険給付のなされるように免責事由を解すべきものであろう。
しかしながら右の立言も平均的社会人の常識的な行動範囲で通用するものであり、社会常識を著しく逸脱し、高度の社会的非難を受けるような行為による事故に対し保険給付がなされなかつたとしても、保険の機能に欠けるとか、加入者の期待に反するとは考え難いものといわなければならない。
以上は損害保険契約に関する商法六四一条についての立言であるが、本件養老生命共済契約における本件免責約款の解釈に際しても同じように考えて支障ないものと思われる。
三1 そこで右の基準を前提にして本件災害が亡敏朗の重大な過失により発生したか否かを考えることにする。
はじめに亡敏朗の飲酒と事故との間の因果関係を考えるに、亡敏朗が飲酒して、事故時に血液一ミリリツトル中〇・九八ミリグラムのアルコールを保有していたことは当事者間に争いのないところである。
2 一般にアルコールの生理的作用として神経系統をまひさせる働きがあるので、飲酒により判断力の低下運動失調をきたし、自動車運転能力の低下を招くのは当然の理である。而して右のような影響はいわゆる微酔の段階(血中濃度〇・五ないし一・五ミリグラム/ミリリツトル)でも既に現われ得るものであるが、アルコール中毒の症状には個人差もある上、同一人でもその時々の心理的身体的環境の如何により症状の発現を異にするから、前記微酔の段階においては、アルコール濃度のみでは正常な自動車運転ができないおそれがあるか否かを判別し難く、運転者の外見的所見や運転当時の具体的状況と総合して、これを判定すべきものといわれている。
3 本件事故の場合も亡敏朗のアルコール血中濃度はいわゆる微酔の段階にとどまるから、右血中濃度のみからは同人が酒酔いの状態にあつたとは即断し難いものであるが、後記認定の如き本件事故当時の同人の運転状況、すなわち闇夜、四〇粁制限の屈曲した路上を、時速七〇粁以上で高速運転をなし、而も進路前方の注視を怠つて道路中央部を進行したため、見通し良好な場所にも拘わらず進路前方の巨大な駐車車両に対する回避措置が遅れたこと、二七メートルもの間、ブレーキを踏み放しでいたずらに自車を滑走させてそのまま追突に至らせてしまつている点をみると、アルコールの影響により抑制力、注意力、判断力の低下があつたものとしか考えようがないものである。
4 原告は亡敏朗は当夜正常運転の能力を保持していた旨主張し、証人村田郁子の証言中には原告の右主張にそう部分もあるが、前示のような亡敏朗の現実の運転状況にてらせば、右証言は到底措信し難く、他に右認定の妨げとなるような証拠もないものである。
四1 次に本件事故当時の亡敏朗車の速度を検討してみるに、成立に争いない甲第一号証(実況見分調書)見取図によると、同人の乗用車の右後輪のタイヤ痕が二七・〇メートルついていることが認められる。原告は右のタイヤ痕の中にはカーブ痕も含まれているからその全部をスリツプ痕とみるのは誤まりである旨主張している。しかしながらカーブ痕ならばカーブの顕著な場所につくはずであるのに、本件タイヤ痕はカーブの角の部分にはついておらず、カーブの角を通り過ぎた後に始まつていること、本件タイヤ痕の形状が終始一様であつて、終始同一の性質のタイヤ痕であると思われること、を考え合せると、原告の右主張は採用し難く、本件タイヤ痕はすべてスリツプ痕であると認めるのが相当である。
2 本件道路がアスフアルト舗装で当時乾燥していたことは前出甲第一号証により明かだから、前記スリツプ痕の長さ二七・〇メートル、摩擦係数〇・七として、時速約七〇キロメートルであつたと概算されるものである。
原告は本件事故現場は田舎道で未舗装道路も交差しているため路面に砂がまかれており、市街地の道路よりも滑り易くなつているから、アスフアルト舗装路の一般の標準により難いと主張する。しかしながら田舎道だからといつて路面全体が砂塵におおわれる訳でもないから、砂塵によつて路面摩擦係数に変化が生じるとは考え難いところである。
3 而も右記の概算は自動車が制動の結果、路面との摩擦のみにより停止した場合の計算であるところ、前出甲第一号証、成立に争いない乙第二号証によると、亡敏朗の車は自重七・六八トンのクレーン車に衝突し後者を一・二メートル推し動かしたことにより辛うじて運動のエネルギーを失ない停止したことが認められるから、右の衝突さえなければ、少なくともなお数メートルのスリツプ痕を加えたことにより、亡敏朗の車が時速七〇キロ以上の速度を出していたことはゆうにこれを認め得るものである。
五1 次に亡敏朗車の運転状況をみるに前出甲第一号証見取図上のスリツプ痕によると、亡敏朗は事故当夜前方注視を怠つたまま時速七〇キロメートル以上の高速で道路中央部分を進行し本件事故現場附近のカーブを左折した際はじめて前方約三〇メートルの道路右側に駐車するクレーン車を発見し、ハンドルを左に切つたままで急停車の措置をとつたが、高速度のため車は斜め右前方へ約二七メートル滑走を続け、前方に駐車中のクレーン車の左後部のアームに自車の運転台右ドア附近を追突させ、右クレーン車を一・二メートル前方へ押出して辛うじて停車したことが認められるものである。
2 原告はクレーン車が右側駐車していたため、亡敏朗が同車の駐車位置を誤認して本件事故に至つたものであり、同人の右過失は重大とはいえない旨主張している。
しかしながら前出甲第一号証(見取図)記載の亡敏朗車の後輪スリツプ痕のつきはじめの部分の形状位置から推測すると、空走距離を勘案して推定される制動開始位置に至るまでの間、亡敏朗車がクレーン車の左側駐車を予測してこれを避けるために道路右側部分を通行したものとは到底解し難く、むしろ同人が駐車車両に介意することなく道路中心線をまたいで、道路中央を走行してきた状況が窺われるものである。
前出甲第一号証によると事故当時は闇夜であつたが、本件事故現場附近の道路両側は畑で障害物もないため、カーブの手前から見通しは十分に利き、高さ三・二一メートル、長さ六・八八メートル、幅二・一メートルの小山のような駐車車両をカーブの手前から認識することは闇夜においてもさして難事ではなかつたと思われる。
それにも拘わらず亡敏朗が制動開始地点までこれに介意せず道路中央部を高速度で進行したのは、同地点まで駐車車両を認識しなかつたためとすれば甚しい前方不注意であるし、これを認識しながら道路中央を進行したとするならば五・八メートルの道幅にてらし極めて危険な進行方法といわなければならず、いずれにしてもクレーン車の右側駐車により原告の判断を誤まらせたことが本件事故の発生原因であるとは解し難いものである。
六 上記を総合するに、亡敏朗はアルコールの影響下に闇夜四〇キロ制限の屈曲した路上を前方注視を怠つたまま時速七〇キロメートル以上の高速運転をして駐車車両に追突したものであつて典型的な無謀操縦行為という外はなく、交通安全の意識が既に国民の間に定着した今日においてかかる行為は本件共済契約における危険団体に対する背信的行為として免責事由所定の重大な過失に該当するものといわざるを得ない。
七 然らば被告が原告らに対し、本件災害給付特約共済金、同災害死亡割増特約共済金の支払いを拒否したのは正当であり、原告らの本訴請求は失当にして排斥を免れない。よつて民訴法八九条九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 夏目仲次)